読むことのエチカ

-ジャック・デリダとポール・ド・マン-

宮﨑裕助 著

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読むことのエチカ

定価3,960円(本体3,600円)

発売日2024年5月27日

ISBN978-4-7917-7645-0

テクストという他者との遭遇
読むこと、見ること、書くこと、話すこと、聞くこと、判断すること。読み解くことの不可能性を前にしながら、わたしたちは日々テクストに向き合い、コミュニケーションをとり、生きている。ジャック・デリダとポール・ド・マンのテクストに真摯に向き合いながら織りなす、わたしたちの生と切っても切り離せない、「読むこと」の省察と実践。

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[目次]

序 論 読むことのエチカにむけて
 1 読むことの出来事としての脱構築──解釈学を超えて
 2 誰が読むことを恐れているのか
  2・1 読まずに語るということ──ピエール・バイヤールの場合
  2・2 超越論的失読症──脱構築的読解の立場
 3 読解不可能性の定言命法


Ⅰ プラグラマトロジーの開始 ジャック・デリダの言語論
 

第1章 ミニマル・コンセンサスの条件──テレコミュニケーションの論理と倫理
 1 コミュニケーションとテレコミュニケーション
 2 破門としてのコミュニケーション
 3 ミニマル・コンセンサスの要請

第2章 ⾏為遂⾏的⽭盾をめぐる不和──討議倫理学の脱構築
 1 行為遂行的矛盾を媒介とした討議倫理学の定礎
 2 討議倫理学の脱構築
 3 脱構築のミニマルな「倫理」

第3章 ソシュールのグラマトロジー──『⼀般⾔語学講義』を読むデリダを再読する
 1 ソシュールvsデリダ?
 2 ソシュール記号学の要諦
 3『グラマトロジーについて』のソシュール読解
 4 ソシュールのグラマトロジー
 5 プラグラマトロジーのほうへ

第4章 限定的ミメーシスから全般的ミメーシスへ──デリダ『散種』を読む
 1『散種』の構成
 2 マラルメ読解のミメーシス論
 3 ミメーシス論の射程

第5章 ⾰命の印璽から残ったもの──ジャン・ジュネ『恋する虜』の余⽩に
 1 真理の裏切り
 2 いくつものイメージ=言語
 3 革命のイメージをめぐって
 

Ⅱ 美的なものの物質性 ポール・ド・マンの美学理論
 

第6章 美的情動批判──美学イデオロギー論再考
 1 批評と(しての)政治の問い
 2「エステティックなもの」の両義性
 3 美学イデオロギーの問題
  3・1 「人間の美的教育」?
  3・2 政治の美学化
  3・3 カント美学の内在批判
 4 美学イデオロギーの現在

第7章 美学イデオロギーの回帰──シラーの「遊戯衝動」からカントの「物質的視覚」へ
 1 シラーのカント受容の問題
  1・1 可逆的相互作用
  1・2 遊戯衝動
  1・3 遊戯衝動のイデオロギー化
 2 カントにおける物質的視覚
 3 ド・マンの歴史的唯物論のために

第8章 芸術の過去性と物質性──ヘーゲル美学読解における象徴の問題
 1 象徴と記号──ド・マンの誤読?
 2 想起と記憶──テクネーの物質性
 3 芸術のプロレプシス──プルーストの「象徴」

第9章 来たるべき文献学にむけて──精読と逐字性
 1 データベースによる人文学の空間化
 2 精読(クロースリーディング)を介した人文学の歴史化
 

Ⅲ 約束のアレゴリー ジャック・デリダとポール・ド・マンのあいだ
 

第10章 読むことの盲⽬と洞察──自己脱構築をめぐって
 1 読解不可能性の読解
 2 ド・マン的脱構築の導入
 3 ド・マンによるデリダのルソー読解批判
 4 文学的洞察の盲目性
 5 デリダ的脱構築とド・マン的脱構築のあいだ
 6 脱構築における〈法の思考〉にむけて

第11章 修辞的(レトリカル)、遂行的(パフォーマティヴ)──構造主義と言語行為論の交叉
 1 脱構築的形式化
  1・1 エコノミーと戦略
  1・2 戯れ、ゼロ記号と記入
 2 修辞的脱構築
  2・1 齟齬
  2・2 行為と虚構

第12章 法のテクスト/テクストの法──ルソー『社会契約論』のキアスム読解
 1 全面的譲渡
 2 ズレ──les Décalages
 3 いわば──pour ainsi dire
 4 有機体メタファーの脱構築
 5 立法
 6 指示作用性のアレゴリー

第13章 弁解、機械、ランダムネス──ルソーと読むことの倫理
 1 脱構築の技術的使用をめぐって
 2 罪を弁解する罪
 3 機械的決定のランダムネス

第14章 弁解機械作動中──罪を読むこと/書くことの罪
 1 デリダのド・マン批判?
 2 ルソーの「盗まれたリボン」を読む
  2・1「真実表白の告白」と「弁解としての告白」
  2・2 デリダのド・マン批判の誤り
 3 告白という自己露出
 4 ルソー「第四の散歩」を読む
  4・1 嘘とフィクションの理論
  4・2 フィクションの偶発性
 5 ルソーの弁解機械
  5・1 弁解と(しての)罪の回帰
  5・2 弁解機械と死後の生


註/あとがき/初出一覧/文献一覧/人物索引/事項索引

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[著者]宮﨑裕助(みやざき・ゆうすけ)
1974年生まれ。兵庫県出身。東北大学文学部卒、英国近現代ヨーロッパ哲学研究センター(CRMEP)修士課程、および東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術) 新潟大学人文学部准教授を経て、現在、専修大学文学部教授。専攻は、哲学・ヨーロッパ思想。著書に『ジャック・デリダーー死後の生を与える』(岩波書店、2020年、第12回表象文化論学会賞受賞)、『判断と崇高ーーカント美学のポリティクス』(知泉書館、 2009年)ほか。共訳書に、ジャック・デリダ『メモワール』(水声社、2023年)、ロドルフ・ガシェ『脱構築の力』(月曜社、2020年)、ジャック・デリダ『哲学への権利 2』(みすず書房、2015年)、ポール・ド・マン『盲目と洞察』(月曜社、2012年)ほか。