定価4,620円(本体4,200円)
発売日2025年7月11日
ISBN978-4-7917-7717-4
滅びゆくとされたものたちの思想に向けて
まちの隙間で展開する物のやりとりとそこで紡がれる技芸〈アート〉。ばらばらの「点」に過ぎない小さな営みが響きあい、しぶとく再生していく独自の商世界。大胆かつ繊細に描き出された多声的なまちの姿は、見慣れた都市の風景を一変させる。――小川さやか
商店街に広がるスポンジ化。しかしその間隙には、まちに新たな力動をもたらす、ミクロな力のせめぎ合いが鼓動していた。圧倒的なフィールドワークに基づきながら、商店街への悲観論を打ち破る、社会学の新たな地平。まちが、静かに語り始める。――戸谷洋志
グローバル資本主義経済の末端で、小規模店舗はいずれ消滅すると考えられてきた。しかし本当にそうだろうか? 京都市北部の出町とよばれる「まち」で、店が営まれる空間(店の間:ミセノマ)をのぞき込んでみると、そこでは新しい試みが生まれ、人々が入り込み、まちは常に変化し続けている。 老舗の呉服店、流しの焼きいも屋、駅前のシェアサイクル……半径2kmから描きだされる濃密なフィールドワークから、まちのざわめきと響きあう声が聞こえてくる。
※Prologue「響きあう声」が下記より試し読みできます
Prologue 響きあう声
第1部 滅びゆくとされたものたちの思想に向けて
序章 ミセノマのアンサンブル
1 ミセノマと市場
2 通りとミセノマ
3 まちとミセノマ
4 商世界〈バザール・ワールド〉とミセノマ
1章 店、まち、アートのトリロジー
1 「滅びゆく店」「衰退するまち」という視点の再検討
1-1 自営業の両義性 1-2 まちのスキマとスキマ層 1-3 スポンジ化する都市
2 〈ミセノマのアート〉というパースペクティブ
2-1 空き間と空き家 2-2 クラブ的なミセノマとバザール的なまち 2-3 手で生みだされるものとしてのアートと社会的転回の時代における店
3 本書の目的と方法、対象と構成
3-1 目的と課題、方法 3-2 対象 3-3 構成
第2部 出町の誕生
2章 市場と工場
1 御土居と桝形
2 近代都市化とせめぎあい
2-1 米騒動と出町 2-2 闇市と出町
3 近代化と工業化
3-1 工場街と労働者 3-2 鐘淵紡績京都工場
3章 店を生き抜く——闘争から祭りへ
1 転換点
2 一九七〇年代 衝突——スーパー反対闘争
2-1 商店街の誕生と路上から消えゆく行商人 2-2 日本で最もスーパーの出店が難しいまち 2-3 出町と学生、若者文化
3 一九八〇年代 融合と分離――祭りの誕生と終焉
3-1 「出町広場」という祭りの誕生 3-2 祭りの終焉 3-3 生業の危機
4 一九九〇年代 アメとムチ——大店法の緩和とその見返り
4章 まちの物語とその書き換え
1 二〇〇〇年代 まちの物語——鴨川デルタ、神輿、鯖街道
1-1 まちづくりの流行と大学・専門家との協働 1-2 鴨川公園整備計画とワークショップ 1-3 まちづくりと喫茶店 1-4 伝統の神輿の復活 1-5 鯖街道——新しい伝統の物語
2 二〇一〇年代——まちのスポンジ化
2-1 商店街の衰退とスポンジ化 2-2 工場の撤退とまちのスポンジ化
Intermission ヒエログリフを読みほごす
第3部 出町のエスノグラフィ
5章 のれんを守る
1 呉服店
1-1 出町の呉服店 1-2 呉服店の商い
2 乾物店
2-1 出町の乾物店 2-2 店を支える
3 のれんとミセノマのスキマ
3-1 ミセノマのアンビバレンツ 3-2 ミセノマと老舗
6章 新しいのれん
1 KYOTOGRAPHIE
1-1 スキマを利用する 1-2 軒先に集う 1-3 まちにのれんを掛ける 1-4 商店街の日常的芸術実践
2 出町座
2-1 地域に密着した映画文化の復活 2-2 コロナ禍と映画館 2-3 出町座のカフェ
3 のれんとまちのスキマ
3-1 地と図 3-2 ARTとartが隣りあう
7章 穴場を形成する
1 駅前のシェアサイクル店
1-1 仕事場の獲得 1-2 穴場の発見——朽ち果てた建物 1-3 大家の困難 1-4 ママチャリの共有に見るクラフツマンシップと日常自転車文化
2 まちの喫茶店
2-1 喫茶you&me 2-2 新しくつくった古い喫茶店 2-3 「サキョウク的」コミュニティとリネン族
3 穴場とスキマの生態系
3-1 アーバントライブと交差性 3-2 遅れ、離脱、穴場 3-3 ニッチなアートと穴場の形成
8章 スキマに入り込む
1 喫茶店の間借り
1-1 コラボからの独立 1-2 シェアのシェア
2 倉庫を間借りした喫茶店
2-1 スーパーの倉庫を間借りする 2-2 コーヒー豆を選る 2-3 気遣いと承認
3 軒先の焼きいも屋
3-1 喫茶店と焼きいも 3-2 焼きいも屋のフロントヤードとバックヤード
4 受け継がれる技芸とまちのスキマ
4-1 ミセノマを可能にするための互酬関係 4-2 まちのスキマを耕す
9章 路上のミセノマで
1 ローカルな法解釈と地域のインフォーマルなルールの間で
2 流し売りの焼きいも屋
2-1 焼きいも屋を引き継ぐ 2-2 流し売りの技芸 2-3 物語のリメイク
3 路上の八百屋
3-1 出町のテキ屋と路上販売 3-2 八百屋が取り持つ共生関係 3-3 テキ屋と商店主、商店街組合の敵対関係と共生関係 3-4 路上を分かちあう——アルバイトの流儀
4 絡まりあう協働性と敵対性
4-1 路上を棲み分ける 4-2 アルバイトとクラブ 4-3 商人の野生
10章 まちの閾のあいだで——協働、敵対、黙認、撤退
1 路上をめぐる狡知と配慮
1-1 路上の賑わいと音 1-2 暗黙の共生関係 1-3 参入と撤退
2 ラストサムライ
2-1 「ジョー岡田」 2-2 ミセノマでのエキシビション 2-3 イカサマと婆娑羅
3 見世の間とバザール
11章 絡まりあう力としてのアート
1 魔力と通力
1-1 切麻を撒く 1-2 心の大文字 1-3 アートと力
2 見通す力と引き剥がす力
2-1 通力の交換と消滅 2-2 冬に思う夏の出町
3 間隙を縫う
3-1 書き換えと螺旋運動 3-2 打ち破る力としての破壊と、穴を穿つ力としての創造 3-3 互いの息の根をとめない
4 タンジブルなものとその力
終章 ミセノマのポリフォニー
1 ミセノマとまちのスキマで
1-1 「まち」からのパースペクティブ 1-2 「ミセノマ」からのパースペクティブ 1-3 「路上」からのパースペクティブ 1-4 穴とスキマの生態系 1-5 エピメテウスの挽回
2 ミセノマのスキマと余白
2-1 ミセノマとクラブ 2-2 バザールのスキマ、ミセノマの余白 2-3 ミセノマの商世界
3 重なりあうパルス
おわりに 泡沫の栖
Epilogue 偶然のポリフォニー
註
文献
[著者]有馬恵子(ありま・けいこ)
文化人類学、民俗学、社会学で培われたエスノグラフィク・リサーチの方法を用いて、建築、音楽、アートの実践者としての経験を踏まえた分析・記述をおこなっている。キュレーターとしての仕事に、アーツ前橋10 周年記念展「ニューホライズン 歴史から未来へ」(2023-2024 年)、《建築的思考のパラダイム―アーキテクチャーの現在形》(TRANS ARTSTOKYO、2012 年)など。音楽のプログラム・ディレクターとしての仕事に、《さっぽろコレクティブ・オーケストラ》(札幌国際芸術祭2017)、《アンサンブルズ・アジア・オーケストラ》(国際交流基金アジアセンター主催、2014-2017 年)、《東北ユース・オーケストラ》(ルツェルンフェスティバル・アークノヴァ松島2013)など。共著に、Architecture and the Test of Time(Detail Publishers、2012 年)。立命館大学大学院先端学術総合研究科博士課程修了。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員(PD)。キュレーター/社会学・文化人類学。